2016年11月25日

報告と警告

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 7:43 PM

カミさん方の家族会が開催され実家で食事をしました。同じ学区内に実家があるので毎週に近い頻度でよく会ってはタダ飯を喰らっています。

介護職をしている義姉と高齢ドライバー事故の話になり、生活の一部である車が乗れないことは非常に不便。だけれどハンドルを持つことで本人もしくは他人、両方まで辛い思いになる可能性がある。かといって免許証を返納しても技術まで返すことは出来ないため、自宅に車があるといざとなると運転できてしまうので解決策にはならない。など答えの出ない熱い討論になりました。

ニュースで報道されることは他人事ではない。明日は自分になる可能性も0ではない。

ニュースは毎日の出来事を詳しく『報告』してくれる。でも見方を変えると、そのすべての出来事が明日以降の私たちにとっての『警告』ととらえても大袈裟ではない。

事故  火事  ご近所トラブル  etc

自分を知り家族や他人に迷惑をかけない心がけと決断が、今の時代には必要なのかもしれません。



2016年11月15日

K・Y

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 10:22 PM

幼稚園の園長先生と、発達障がいのお子さんの行く末の話になりました。

子ども達は毎日を一生懸命に頑張って生活しています。でも少しだけ頑張りすぎて、大きい声になってしまったり、順番を抜かしてしまったり、力が入りすぎてしまったり、悔しさが抑えられなかったり・・・。

私が小学校の頃(もうすでに35年以上も前)は、発達障がいという言葉も聞きなれず、みんな平等に叱られ、褒められ、立たされ、励ましてくれ、程よい緊張感の中で学校生活を送ったものですが、時代は変わり、加配の先生が付き出来ない事に対してサポートをしてくれる(全部を全部助けてくれるわけではないのでしょうが)。

特殊学級や放課後等デイサービスなどで様々な学習をし、社会性やセルフコントロールを身につけようと頑張っている中で、『K・Y』 (ここでは、空気が読めない。読みにくい。)の子や人が社会に出るまでは何とかしてあげたいと願いながら先生や支援員の方々が力を注いでいることでしょう。

その子たちを取り巻く人たちにはもう一つの 『K・Y』 (ここでは、危険予知)をも意識しながら接していかなければなりません。

昨日、福岡の保育園で排水溝に頭を突っ込んで倒れていた園児の報道がありました。このような事が起こりかねない。そう考えた時に子どもを取り巻く 『危険予知』 と、育児を怠ったばかりに私達が被害にあうかもしれない二次災害・三次災害の 『危険予知』  も意識しなければならないのかもしれません。

本人達の努力以上に取り巻く人的環境である私達が理解するための努力をし、バリアフリーとなる日が近づくようにみんなで考えていかなければならない事だと思います。



2016年9月20日

マナー

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 8:20 AM

人間はどうにもこうにもマナーが守れない生き物のようである。

今朝のニュースで東京某所にポケモンを求めて車道一車線を行列で埋め尽くし警察が出動したそうである。

そんなブログを起きてから書こうと思った矢先、夜中に事務所からの転送電話が鳴り続け、「営業時間がホームページに書いてなかったのですが。」と娘さんの悩み相談を30分ほどしました。(この時間はさすがに失礼です。と最後に伝えましたが。)

運転  鑑賞  食事  買い物  登山 etc   私たちの生活はすべて マナー ルール モラル があります。説明書きがあるものもあれば、ほとんどが暗黙のルールでしょう。

常識 が薄れてきている現代だからこそ、学校や社会では教えてくれないマナーを家族全体で話し合ってほしいと思います。

人や社会に迷惑がかからない事が マナー であり ルール であり モラル だと思えば簡単なことですが。



2016年8月13日

成長は環境次第

Filed under: ちょっといい話,わからなカン — スキップ江原 @ 6:01 AM

昨日のブログ『今日をよむ』を綴っていると、変換機能で『経を読む』となりました。仏教用語はとてもためになり、今回のテーマにも意味合いが通じる。まさに セレンディピティ だと思い、そのまま検索したら面白いことわざが出てきました。

『門前の小僧、習わぬ経を読む』

日頃から見たり聞いたりしているものは、いつのまにか覚えてしまうものだということ のたとえ。

子ども達はむしろ大人達よりアンテナが高い。良いも悪いも素直に見聞きした事を口にする。意味合いは後から理解するもの。

掛け算九九  寿限無  √(ルート)  年号  百人一首 ・・・。

子ども達は覚えなければならないことだらけ。でもそれが日頃から見聞きできる環境下であれば、習わぬ経を読む門前の小僧になれる可能性がきっと高まります。

要は意図的に環境を設定するかどうかです。

 



2016年8月3日

チームを意識する

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 5:55 PM

先日、スタッフに事務所の仕事について電話で指示をしました。「わからなかったら電話をかけるように。」

電話もなく業務時間が過ぎたのですが、終了メールに「先に上がります。わからなかったのでそのままにしてあります。」と。

当然の事ながら雷が落ちました。

子ども達に「できないという前に考えろ!」と言っているという事は「考えてもわからなかったら聞きなさい!」という意味だろ。

わからないまま放置をしたら他のスタッフがやってくれる。と思ったら大間違い。そこで苦労してでもわかり得た事が財産。それを放棄する事はあなたにとって一生その財産を得られずに損する事になる。その為に24時間のタイムロスとなり結果迷惑をかける事になる。

聞くは一時の恥  聞かぬは一生の恥  聞くという事にも至らないのは人間の恥

チームを意識する事がチームとして働く基礎です。

自分で解決せず、恥ずかしくてもまずは考え、わからなければ聞く。当たり前の事を当たり前に行いましょう。



2016年5月10日

人間に生まれたプレッシャー

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 6:22 PM

子ども達は常に 『なぜ?』 『どうして?』 と疑問を持ち、それを解決していきながら成長し続けます。大人になっても  『なぜ?』 『どうして?』  が解決できぬまま今に至っているのではないでしょうか?

人間に生まれた以上、明確なルールと暗黙のルールがあります。

明確なルールは法律や社則・校則に基づいて他人に迷惑がかからないように秩序を保っていますが、暗黙のルールというのが厄介で、家族や地域・国などそれぞれの育った環境によって異なるケースや、場の空気を読むといった人生経験の積み重ねによって気づかされるケースがあります。

好きな時に寝て、食べて、起きる。といった生き方ではいけません。

厳粛な場所で大声で会話をしてはいけません。

肥満体系の方にデブと言ってはいけません。

間隔が開いていたとしても横抜かしをしてはいけません。

ダメなものはダメ  人間に生まれた以上、好きなようにできても好き勝手にはできないという事を子どもの頃から身に着けておく習慣が必要ですね。



2016年4月7日

スポーツ選手の不祥事

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 6:34 PM

昨今、スポーツ選手による金銭や禁止薬物の不祥事報道をよく耳にします。相撲・野球・バドミントン etc。

一流アスリートに転じた瞬間から全国・全世界の目に留まり、様々な人達が取り巻いてきます。メディアに取り囲まれマイクを向けられ、スポンサーが付き、移動手段も代わり、子ども達やその主のプレイヤーの憧れや目標となる。

初めは気構えがあったと思いますが、大丈夫じゃないか?という過信から徐々に常習正が増し、誰も注意してくれず、事が大きくなってから報道されてしまう。

世界観が代わり、いい人と共に悪い人も近寄ってくるのが大人の社会であり体験したことのない道の世界です。

金銭感覚のマヒ・誘惑・違法行為などに対する理性のコントロールもトップに君臨する存在としての使命でもあります。

日本の期待・ファンの期待を背負って汗を流し勝ち取った地位なのだから、結果に関わらず期待を裏切らないように努めてほしいと思います。

 



2016年4月2日

電話の受けとり方

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 10:01 PM

自宅の回線電話が鳴る事は今では少ないようです。確かに昨今個人宅の電話帳登録はほとんどの家庭がなされていないようで、自宅電話がない家庭も増えているようです。

自宅電話がある家庭では次の事に心がけて下さい。

1  電話に出る時に名乗らない。「もしもし、江原です。」と名前を名乗ると相手はそこを逃さずに聞いているようで、話を進めてくるのだそうです。

2  登録されてない電話番号には子どもはとらせない。  子どもは良いも悪いも素直です。電話相手の質問に素直に答えてしまいます。知らない番号の相手にはまずは大人から。

社会に出ると会社の電話を受けとる事が増えてくると思います。携帯電話とは違う受けとり方をできる事なら社会に出る前に身に付けておきたいところですが、自宅電話の衰退により電話マナーも学ぶ時代になるのではないかと思われます。

かけ方も受けとり方も背景に犯罪がちらついてしまうのが悲しい時代ですが、用心には用心で回線電話でも携帯電話でも騙されないように心がけましょう。



2016年2月14日

親のこだわり

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 10:37 PM

子どもに専門的にスポーツを教える場合、どうすればいいのか?  とよく質問されます。

野球 サッカー 柔道 テニス 水泳 など、お父さんやお母さんが学生時代に行っていたカテゴリーが子どもにも受け継がれやすいと思われますが、実際にどのように教えて良いか ある程度のところで親として壁にぶち当たってしまうようです。

策は色々ありますが、どれも正解でありどれも答えではありませんが、親としてしてやれるアドバイスをいくつかあげてみます。

A 時間や自由を犠牲にしてとことん付き合う。昔ながらの親子鷹。辛い時も妥協なしで子どもを信じ己を信じる。レスリングの浜口選手や吉田選手、ボクシングの亀田選手。古くは星飛雄馬や猪熊柔がこのケース。

B ある程度の時期から親が全く口を出さない。憧れだけをインプットさせ、後はプロコーチに任せる。変な癖や我流の理論に染めない点では理想。お金がかかる何て言っていてはアスリートになれません。

C 趣味程度に一緒に付き合い、部活やクラブチームで技を磨き、お互いに切磋琢磨する。良き理解者であり身近なライバルになる。

D 子どもの自主性に任せる。少林寺憲法に飽きたら野球、野球で無理と感じたらバスケット、と子どもの思うがままに色々体験させて、自分にあったスポーツを自分に探させる。(私がこれでした)

上記以外にもお子さんの育て方はまだまだあるのでしょうが、お子さんの成長を日向となり日陰となり見守ってあげてください。

 

 



2015年12月16日

免許が必要な仕事

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 6:13 PM

日本では、国家資格や認定資格などの免許を必要とする仕事、免許や資格を保有している人の下で働くことができる仕事、免許や資格を必要としない仕事 がある。

弁護士・医師・教員などになりたければ、大学で一定の単位を取得後に国家試験を受験し合格しなければなりません。

介護福祉士・調理師などは、学校での単位を取得後に国家試験を受けるほか、実務経験3年以上及び一定の研修を受講後に受験するパターンもあるようです。

会社員や自営業は特別なものを除き面接を経て就職するのが一般的でしょう。

私達 SKIPのスタッフは国が認定した職業ではないので、『幼児体育指導者』 という国家資格はありません。が、全く無免許のものが現場に出ることは無く、教員免許・幼稚園教諭免許・保育士免許・作業療法士・幼児体育実践指導士・心理士 などの資格保有者や相応の大学を卒業している者を選考しており、幼児・児童・発達に遅れがある子達の勉強を常にしています。

「今でしょ」で有名な予備校の先生も、は教員免許を持っておらず、国語が専門ではなかったようです。

厚生労働省がこのほど、保育士不足を解消するために無資格未経験の人にでも保育所で子どもの世話ができるよう、保育基準を緩和しようとする動きのようです。http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20151209-00046327-r25

我々の仕事は子ども達に体育を教える事。予備校教師の仕事は志望大学に合格させるために子ども達に勉強を教えること。だからと言って教えるだけではなく悩みを聞いたり時には親の相談を受けて将来を考えたりします。が、あくまでも補助機関です。

しかし、学校の先生は子どもに勉強を教えるだけではなく、生活指導や道徳・人としての生き方を教え、子どもの人生に影響を与える可能性のある立派な仕事。だから国家資格が必要なのです。

保育士もただ子ども達を世話しているだけではなく、学齢・発育・発達を考慮した保育案を考え、季節に応じた保育やピアノに合わせて歌を歌う、健康への配慮 などなど、保育所保育指針をに沿って子ども達を預かっている、大変な仕事です。だから国家資格が必要なのです。

保育士・幼稚園教諭・学校教師・医師・看護師 などの、人とのかかわりを必要とする仕事において無資格の人を採用することについて、全くもって 『ふざけるな』 です。

が故に、国が資格保有者の仕事に対する給料の確保・仕事環境の改善を速やかしてもらいたいものです。そして我々のような保育や学校の補助機関が更なる指導力を向上させて最高のサポートをしていかなければならないと考えます。



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