2018年12月9日

生の声

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 6:40 AM

復興イベントのお手伝いで福島県南相馬市に来ています。

以前このイベントでお会いした方々との再会、初めてお会いした方々との挨拶。こうしたご縁は主催者には感謝です。

前夜祭後の食事会では談笑で盛り上がりましたが、男達との熱い語らい。

前の車が飛ばされるように押し流された。  「手を離せと」言って流れていったおばあちゃん。  亡くなっているものだと思うところから出会う友人知人。

色々なエピソードを笑いを交えて話してくれましたが、私以外は皆さん福島県民。体験したもの同士だからできる笑い話。

外様に出来る事を今日も今後も行なっていきます。



2018年11月26日

スタートラインに来てくれたなら

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 9:03 PM

お子さんにとってお母さんはオアシスです。一緒にいたい気持ちは常にあり、出来ることなら離れたくは無いでしょうし、ずっとそばにいたいのは当然です。

幼稚園や保育園に入園した時を思い出してください。園や送迎バスまで送り出して泣きながら離れていく光景は誰しもが経験していることでしょう。

でも、この繰り返しが社会性を身につけさせ心と体を強くしていくのです。

1番理想なのは親が子を育て上げることですが、時には他人の力をも利用して温かく見守ることも必要なのです。

我々もレッスンでお子さんを預かる以上、お送り頂いた後に親御さんと離れていただかなければなりません。

その際の母子分離ができず、泣きで訴える子を送っていくことができない。や、泣きながら別れることが不憫でならない。という親子に数知れずお会いしています。

発達障がいのお子さんにおかれては特にその傾向がありますが、お越し頂けないとアプローチのしようがなく困るのがお母さん自身となってしまいます。

辛いのは山々ですが将来のお子さんの自立を願って、辛くても、幼稚園・保育園・学校・習い事などに行って、預けるという事を行なってください。

その涙が自信に繋がることを願って。



2018年9月6日

スーパーボランティアから考える

Filed under: やらなカン,わからなカン — スキップ江原 @ 9:09 AM

行方不明になった2歳の男の子が奇跡の生還をしたのには驚きました。警察や地域の人たちが総出で探して見つからなかったにもかかわらず、大分からボランティアでやってきた方が入山20分足らずで男の子を発見・保護をした。

瞬く間に報道は押しかけ子どもの無事を報道するよりもボランティアへの取材に費やした。

それはそれで名誉な事ですが、そもそもの発端は家族で遊びにきた曽祖父の家から、祖父・3歳の兄の3人で近くの海に行こうと歩いていたが、急に引き返して1人で戻ってしまったことから始まっています。

小学1年生ですら知らない場所では方向感覚が狂う事があり、何と無くわかっていても正確ではないものです。ましてや2歳であれば『糸の切れた凧』『錨(いかり)の無い船』の様なもので、どこへ行くかがわからないものである。

最初は「ジイジと海へ行く」が、途中から「やっぱりママがいい」と気心が変わったのであろうが、1人で行かせてしまったのは油断であったのでは無いか。

この様なケースはどの家庭でも、どの場所でもあり得る話で、「ちょっとトイレに行ってくるからここで待っててね」「ママはパンを買ってくるからお兄ちゃん、見ていてね」など、少し目を離したくらいでいなくなる事はないだろう。「ご飯食べ終わったのであっちに行ってくる」「1人でトイレに行ってくる」などのショッピングモールや旅行先での子どもの行動や発言が、お互いに隙となって事故を招きかねない。

絶対神話はないわけですが、四六時中監視するにも限界があり、可愛い子に旅をさせたい思いもあり、かと言って箱入りにしておきたい気持ちもある。

どこにも出かけさせないわけには行かず、せっかくの休みだから色々な経験をさせてあげたいのも当然ですが、『普段と違う』という事を、子も、親も、家族も、十分理解してたくさんの経験をしてもらいたいものです。



2018年8月11日

世の男たちよ!

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 7:13 PM

どれだけ世間では慕われていても、

どれだけその道で名を馳せていても、

どれだけカリスマと呼ばれていても、

家に戻ればただの人。いや子ども以下。

印鑑の場所も、コショウの場所も、自分のパンツの場所ですらわからない。

外では力が発揮できても家では青菜に塩。これが世の男なのです。それで良いのです。

所詮女房に勝てるわけは無し。

女房の偉大さに気付いてあげて、このお盆を過ごして下さい。



2018年5月17日

あたたかく見守る その2

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 7:49 AM

新潟県で小学二年女児が被害にあった事件は国民全体が怒りを覚えたことと思います。容疑者の車に当たって泣いてしまった事が殺害原因との記事を目にした時は、そんな理由で?と、ただただ呆然でした。

治安の良い日本では、学校の登下校を集団で歩いて行っている地域がほとんどだと思います。縦割りによる社会性や交通安全・学校までに出会う人々とのふれあい・四季や気象を感じながら歩く・体内時計の育成・なにより歩く事による体力の成長(歩育)。

今回の事件をうけ、登校時は親が送り迎えをするようにという校区もあるとは思いますが、それも家庭によっては限界があるでしょう。

下校時は無理だとしても、登校時は犬の散歩をして地域の子達を見るようにしています。ほとんどの小学生が教え子であるために子ども達から声をかけてくれます。

地域が子ども達の登下校を意識してどれだけあたたかい目で見守り続けるか?

希薄になりつつある日本の今後の課題のようにも思います。



2018年5月11日

体育? スポーツ?

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 9:54 PM

今年の4月1日より日本体育協会が日本スポーツ協会と名前を変えた。楽しいからこそ自ら求めて取り組むのがスポーツであり、体育はやらされている昔ながらの教育的営為だそうな。

私が考えるそれとはちょっと意味合いが違うので理解に時間がかかった。

体育は読んで字のごとく体を育てる。走る・投げる・跳ぶなどの運動の基礎。スポーツはそれを身につけた上で1つのルールのある種目。いわば応用。

楽しく取り組むのはスポーツというよりはレクリエーションのような気がする。

私の意見は置いといて、2020年に向けて施設・インフラ・組織などはもう動き出している。選手達も母国開催の代表の座を確保するために余念がないだろう。

体育の日 は スポーツの日 とする論議も浮上しているようで、開会式前後には体育の日までも移動させて交通緩和をするようだ。

2020年は成功させなければならないが、その後も子ども達が、体育という基礎を身につけてスポーツという応用を勤しむ事ができる環境を整えてもらいたい。

 

参考文献  中日新聞 2018.4.18



2018年3月18日

満足した時が辞め時

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 8:33 AM

習い事を主催している私が言うのも何ですが、3月は卒業・進学と共に、習い事の切り替え時期となります。よく、「3年生になったから塾に通わせます」「春から空手をやるってママが言っていた」と退会理由を耳にします。中には仲良しママ友グループで一斉に習い事をお引越しする光景も少なからず多からず。

習い事ってそもそも何なんでしょうね。

学校や家で足りないものを補う補助機関。趣味や教養を広げる場。専門分野を学ぶ場所。

目的に応じて利用スタイルは違うと思いますが、運動(特に体育)の場合、時期や季節で切り替えるのは後々後悔するパターンが多々あります。

跳び箱が跳べなかったけど4月から野球を習います。確かに新しい習い事は新鮮味がありますが引き続き学校体育では辛い思いをするでしょう。

新しい習い事が見つかった時に今の習い事と並行して続けるのが一番効果が上がるのでしょうし、別の運動系からのヒントが跳び箱や逆上がりにつながることもあります。

お母さんの送迎や費用の面もあるでしょうが、習い事の辞め時は、季節ではなくお子さんが満足した時だと考えます。

じゃないと今までの月謝が勿体無いですよ。



2018年1月6日

女の子のリズム感が早くから身につく理由

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 12:34 PM

縄跳びやスキップなどは女の子の習得が著しく早いのは何度も紹介しています。生まれながらに身についている訳ではないのですが、乳児期の1人遊びから始まり他児とのかかわり遊びが出来るようになる年中頃から、男の子と女の子の遊び方に違いが出てきます。

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年末のスキースクールで、女の子班が食事前の待ち時間や部屋の中での自由時間中に「せっせっせ〜のヨイヨイヨイ♬」から始まる手遊びを仕切りに行なっていました。

歌に合わせる・相手のタイミングを同調させる・音程を合わせる などのやりとり遊びの経験値が多ければ多いほど縄跳びやスキップの習得が早いと考えます。

今回のスキースクールではほとんどの女の子が縦列滑降でシュプールを描いていました。スキーもリズム感が重要と考えると一理あります。

待ち時間にはディスプレイゲームではなく歌遊びやりとり遊びを是非。



2017年11月21日

1:9

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 3:12 PM

講演でよくする話に、「私達や保育園・幼稚園の先生が、どれだけ愛情をかけて100%のエネルギーを費やしても、お父さん・お母さんの10%にも満たないんです。」

故に、保育園や幼稚園にそこまで期待をしてもできないものは出来ないんだよ。という裏を返せば保育園・幼稚園への擁護の話。真意は、のこりの90%は家庭で愛情を十分に注いでほしいという親御さんへの気づきの話。です。

何かがあると園や学校に苦情。最近では直接の苦情ではなく市や教育委員会に飛んでしまう。先生たちはフラフラです。

先生達も人間ですので限界はあります。責任をもって預かっていても見落としたり気づかなかったりする事はあるものです。子どもならではのハプニングもあるでしょう。注意をする事も当然あります。それらがあっての集団生活であり施設です。

その中でも先生方は10%にも満たない100%で子ども達を受け入れています。

しかし、影響力や憧れは親よりも他人の方が90%近いものがあります。子どもは親に素直になれないものです。そして親ではできないようなお手本や技量・パフォーマンスに子ども達は引き込まれていきます。

先生になりたい。野球選手になりたい。こんな大人になりたい。などはどう言い聞かせても曲がらない事の方が多いようです。

愛情は親御さん任せ。影響は他人任せ。が子どもを伸び伸びと成長させるテーマなのかもしれません。



2017年10月23日

教え時

Filed under: わからなカン — スキップ江原 @ 12:54 PM

子ども達は毎日のように発見があります。発見があるという事は、その分疑問もあり感動もあります。

どうして?   どういう意味?  これってなに?

聞くのが楽しいだけ。答える反応を嬉しがっているだけ。の時期もありますが、小学生くらいになると知りたいという意識が多感になります。

子どもが聞いてきた時が教え時。

嫌がったり後回しにしたりせず、手を止めて耳を傾けてあげて下さい。

仕事はいつでもできますが、その時の疑問は今しか抱かない可能性があるからです。



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